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2004/11/22

日本人のモノづくり

 一つ前と、もう一つ前のエントリに関して、まだまとまりきらない考えを無理やりまとめて書いてみようと思います。

 西洋のモノづくりの方法は全体を計画してから部分の計画へと移っていくそうです。現在我々が何か計画しようとする場合、大体こうするのが多いと思います。しかし、これはどうも明治以降のことであって、本来日本人がモノづくりをするときにはある部分の計画と他の部分の計画をつなげていくことによって大きな全体にしていく事が多かったようです。日本人が家を建てるときには、始めは小さく建てて、家族構成や経済状況によって増築や改築を重ねていくのが一般的だったようです。これは考えようによっては合理的ともいえます。

 しかし、これについてはかなりビックリしました。行き当たりばったりの無計画といえなくもないからです。

 宮崎駿さんの仕事の仕方がまさしくこの「部分から全体へ」なのだそうです。「ハウルの動く城」の「城」をみると、増築に継ぐ増築で出来上がった形でしかありえないことに気付きます。西洋人には理解できない形なのだそうです。

 日本の町に架かる電線についても同じことが言えます。無計画とはいいませんが、あとからなんとでもできる形態であることは確かです。地中埋設にするには、あらかじめ綿密な都市計画によって都市が出来上がっていないとロスが大きすぎます。

 これが日本人の根底に流れる思考のメカニズムだとすれば、今、日本の社会に広がっている、まず全体の枠組みを決めるやり方や、ISOなどの破綻のない論理構築にやたらとこだわるやり方に大きなギャップがあることに気付きます。

 今日本中に広がっている居心地の悪さや閉塞感を払拭するためのヒントは、このあたりにあるような気がしてなりません。

[Misc.]
 


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