×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

2006/11/30

Google の Earth 関係がおもしろすぎる

これ、面白くて仕方ありません。

まずはニテンイチリュウさんで見つけた Google Map ネタ

紹介されているネタの多くは、タモリ倶楽部が Google の日本社屋に潜入したときに、Google 社員の皆さんが紹介してくれたネタとかぶるものが多いみたいですが、私が反応してみたいのは下から3番目のエッシャー風です。

かなりおかしな感じですが、撮影方向の違う二つの衛星の写真が、ちょうど緑の矢印が立っているあたりを斜めに走っている道路に沿ってつなぎ合わされた結果のようです。ははは。良く見つけたもんですね。

私は会社のウィンドウズマシンに、「お使いのマシンのグラフィックカードの性能は、このアプリケーションの能力を引き出すのに十分ではありません。それでもインストールしますか?」みたいなアラートが出てもお構いなしに、無理矢理「Google Earth 4.0.2080 beta」をインストールしてあるのですが、その理由の最大のものは SketchUp で作った建築モデル完成度が全然違うからです。

おぉ、これはおもしろい!と思った方は是非「3D Warehouse ネットワークリンク」をインストールしましょう。私のマシンでは、調子に乗ってモデルを読み込みすぎるとすぐにキャパオーバーになって落ちてしまいますが。それでもこのまま使い続けますともさ、すぐに落ちるくらいのことくらいなんなのさ、です。

ところで今、激しく惹かれているのが、Engadget で見つけたコレ。
ほっすぃー。はげしくほっすぃー。

どうせ私のマシンではこんな風には動きませんけどね。
この動画見てると、なんだか脳みそがトロトロにとろけてくるのを感じますよ。あぁー。
真ん中あたりで登場する観覧車が回っているように見えるのは気のせいですよね。きっと気のせいです。そうに決まってます。
この記事に関係するかもしれない記事一覧はこちら。
tags : , , ,
 

2006/11/29

坂本龍一と矢野顕子が離婚

衝撃のニュースが入ってきました。
そうでもないですか。そうですか。

まぁ、ファンのあいだではふたりがずっと別居状態であることは知られていたのですが。結婚してはいるんだけど、結婚生活はしてない、というスタイルですね。スタイルっていうとなんていうかこう、なんでしょうねぇ.....。うーむ。

ちょっと前に「ほぼ日」で「矢野顕子について坂本龍一くんと話そう。」という糸井さんのインタビュー記事があって、その第3回での坂本龍一さんの発言がかなりの波紋を呼んでいたわけですが、坂本龍一ファンの私としては、坂本龍一がそういう意見を持つことについてはおもいっきり納得します。ただし、私自身はそんなこと思わないですけどね。

このインタビュー記事はまだまだ続いていて、ちょうど今日も第12回が追加掲載されています。インタビューの中で坂本さんがご自分のことを「オオカミ少年」と呼んでいますが、そのあたりを読めば第3回で言ってることなんかはすんなり飲み込めちゃうわけです。

これの第1回は11月14日に始まっていて、当然ながら離婚の話がおおやけにされるずっと前で、離婚協議は今年8月に成立していたということを考えると、糸井さんもそのことは知っていたはずで、そんな風に考えると、この記事をさらに香ばしく読むことができます。

当サイトで坂本龍一さんについて書かれた記事はこちら。
tags :

2006/11/26

シャングリラ/チャットモンチー



さっきラジオからこの歌が流れてきてから頭の中でリフレインして離れない。

「ハナノユメ」という曲を聴いてからずっと気になってはいた。
雑誌なんかで彼女たちの写真を見かけたり、ラジオにゲストで登場してインタビューに答える様子を聴いたりはしていた。
でも、この前「ミュージック・ステーション」に登場した彼女たちを見たとき、衝撃を感じた。

インタビューの答えるあどけない姿と、演奏をしているときの、千切れそうにカッコいい姿の、あまりの大きなギャップが衝撃的だった。

いつもながらのトリッキーなメロディとセンシティブな歌詞の組み合わせ。
今回は特に歌詞がいいような気がする。

歌詞の主人公は男。
シャングリラはその男の彼女という設定らしい。

最初と最後で、二人の立場が劇的に逆転する。

その歌詞はここにあります。
製作秘話はこちら。
公式ホームページ
tags :

2006/11/23

日本人の匿名性と自殺率3

この記事は、当ブログ内の以下の記事からの続きです。お時間のある方は、ぜひ以下の記事もお読みください。

続きとはいえ、前の記事を書いてから長い永い時間が経過していて、とても続きとは思えない状況ではありますが、折りしもいじめによる小中学生の連鎖的な自殺が大きな社会問題ともなっており、続きを書くにはもってこいでもありますので、思うところを書いてみたいと思います。

私がこの題材を取り上げるにいたったのは、あるひとつの興味深い文章に出会ったたからです。それは「匿名は日本の「国民性」だったんだ 」を書いた少しあとではなかったかと思います。

その文章を読んだとき、この問題の核心はこれだなぁ、という確信めいたものが芽生えたのですが、あまりにも大きく深い問題であるため、もっと別な側面があるのではないかという迷いもあり、ずっと考え続けていました。そうこうするうちにいじめの問題が大きな社会問題として取り上げられ始め、ブログ界隈でもたくさんの人たちがこれについて論じるのを読むことができました。

そして、最初に芽生えた確信が、より確かなものに思えてきました。

まずこの文章を読んでみてください。
世界各国における自殺に対する考え方について、興味深い考察がなされています。日本という国の土壌が、いかに自殺に対して寛容であるかが良くわかります。これと直接関係があるわけではありませんが、最近梅田さんが「よく生きる」ということに対する世界各国の考え方の違いについて池澤夏樹さんの興味深い文章を取り上げていらっしゃいましたので、こちらもご紹介します。
「いかに死ぬか」と「いかに生きるか」が根本的には同義であることを考えると、「日本人の自殺」で考察されていることが、よりわかりやすく簡潔に書かれた文章としても読むことができます。

ちょっと脱線しましたが、僕が日本人の自殺」で、この問題の核心だと確信したのは「3」の最後の部分です。重要なので引用してみます。
少なくても、日本では、自殺は、自殺という行為は、モラル上からも決して褒められた行為ではない。忌み嫌われるタブーであった。昔から日本では自殺者を出した家は、疎まれる傾向があった。特に地域住民の密着度の強い地方では、この傾向は強かった。もちろんある種の差別にも通じる可能性のある共同体的精神構造を必ずしも全面的に肯定するものではないが、「疎まれる」という暗黙の規範が、日本という地縁血縁の強い社会においては、自殺を思い止まらせる強制力として働いていたことも事実であった。またかつては、どの地域にも、一度怒れば怖いが、親身になって人の話を聞いてくれる頑固なオヤジさんや世話好きなオバさんの一人や二人はいたものだ。

ところが、今や日本中、核家族の傾向が強まって、地方の若者は刺激の強い大都市周辺に集中し、地方は過疎が進んで、高齢者ばかりが目立つ社会となってしまった。都会でも核家族化の傾向は同じで、結婚をすると、父母を捨てて、別の所帯に移ってしまう。結婚をしなくても、親元を離れ、狭いアパートでの一人暮らしを志向する若者が多い。日本が自殺大国となってしまった原因には、やはりこの核家族の傾向が強まってしまって、それまで働いていた自殺抑制の社会的機能が壊れてしまったことにあるのではないだろうか。

僕は、日本の社会において「いじめ」がなくなることはないだろうと思っています。大人の社会でもたくさんの「いじめ」が行われているのに、学校に通う子供たちのあいだで「いじめ」がなくなるなんてありえないことだと思います。

つい最近子供の通う小学校で、教育に対する考え方の違いからある先生が他の先生たちから疎外感を感じる扱いを受け、精神的な問題で学校を長い間休まなければならなくなるということがありました。どちらの先生も、とても教育熱心な良い先生で、僕としてはどちらも責める気はありません。話を良く聞くと、どうも先生たちのあいだでこういったことが起こることは結構あって、今学校を休んでいる先生にとって乗り越えなければならない試練のなのだ、ということで、たぶんそういうことなのだろうと思います。

その先生には、昨年度までその学校で教頭を勤めていた頼りになる相談相手がいるので、この問題はこれ以上大きくなることはないでしょう。

つまりそういうことです。

いじめはなくならない。いじめ以外の社会的なストレスもなくなることはない。そして、そういったストレスによって自殺に思い至る人が出てくることも抑えられない。でもその人が実際に自殺してしまうことは止められるのではないかと思います。

先日、文科相に届いた自殺予告の手紙が公開されましたが、その手紙の真偽はともかく、あの手紙の内容を読んで思うことは、逃げ場がどこにもない、ということ。絶対に守ってくれるはずの親や先生にも頼ることができない状況がどんなに絶望的なものなのか、僕にはうまく想像することさえできません。

以前どこかで読んで、いつか自分の子供が自分の元から離れていくときにかけてやりたいと思っている言葉があります。

「たとえお前が殺人を犯したとしても、俺はお前の味方でいてやる。」

いくら間違っていても正しいことがある。それを信じられる人間関係が増えていくといいなぁと思います。

tags: , ,

2006/11/17

かわいいのいっぱい

集めてみました。

おひさしぶりのご挨拶代わりです。

たまにはこういうのもいいでしょ?

tags: ,

2006/11/07

大切な人のために

いつか、絶対に放したくない大切な人があらわれたときのために
あるいは、もうすでにそばにいる大切な人のために
今を精一杯誠実に生きよう。

その誠実さとは、みんながいう常識的な誠実さではなくて
自分自身に対して誠実であるということ。

それが常識的な誠実さとは違っていたっていい。
自分が信じるものに対して誠実でいよう。

大切な人のために
自分がどんな人間なのか
どんな人生を生きてきたのか
生まれてから今までのすべてを
胸を張って堂々と説明してあげたいから。

tags:

2006/11/05

私・僕・俺

最近、あるところにこんな文章を書きました。

私が自分のことを「私は」と書いているとき
たぶん私は遠くのほうにいます。
遠くのほうから、あなたと、あなた以外のたくさんの誰かに
ことばだけを届けているんだと思います。

私が自分のことを「僕は」と言ったとき
僕はあなたにちょっとだけ近づいたのかもしれない。
それに、あなた以外の誰かの数が少し減ったのかもしれない。

僕があなたに「俺はさぁ」って話しかけたとき
僕はあなたのそばにいて
あなたの肩を抱いているのかもしれないよ。

最後がちょっと色っぽい感じになってますが、その辺はあまり気なしないということでお願いします。

で、ここへいつも通ってきてくれる数少ない読者の皆さんに少しでも近づくために、これから僕はここで、自分のことを「僕」と呼ぶことにします。

最近は TagClick でタグをつけるようにしていて(サイドバーにある Tag Cloud ってのがそうです)そこに並んでいるタグをクリックすると、そのタグの付いた記事が並んだウィンドウがポップアップするようになっています。

サイドバーに並んでいるのは、付けたタグのうち、数の多いものだけが並んでいて、例えば「RingoShiina」なんてタグは表示されていません。Tag Cloud の右下にあるmore をクリックして表示されるページにはずべて表示されるので、時間のある方はそちらで探してもらうといいと思います。

さらに、そのページで各タグをクリックすると、そのタグごとに RSS feed が吐き出されているので、気になるタグだけを RSS リーダに登録して読んでもらうってこともできます。

皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします。

tags: ,