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2007/12/27

字を書く

仕事中はまともに字を書かなくなって久しいですが、
ぼくはいまだに年賀状の宛名は手書きです。

毎年、自分の字の下手さ加減に嫌気がさして
そのあと丸1年それをスッカリ忘れ去って
1年後に思い出してうんざりする
ってのをもう何年も続けてます。

そんなぼくの字なんですが、
大阪で勤めてたころの同僚に突然
「オレ、オマエの書く字、好きだよ。」
って言われて、
やたらとうれしかったことがあります。

なんかね、ぼくの全人格を肯定された、みたいな感じ。

いま「ほぼ日」でこんな連載やってます。

2007/12/25

r はのばさない

もうかなりまえのことですが、どこかのブログでこんな記事を読みました。確かこんな感じだったはず。

「英語の発音の中には日本語で言う『ー』や『っ』の発音はない。つまり『Cheese』は『チーズ』ではなく『チイズ』であり、『Browser』は『ブラウザー』ではなく『ブラウザ』であり、さらに正確に書けば『ブラウズr』であり『Book』は『ブック』ではなく『ブク』で、『Mac』も『マック』じゃなくて『マク』なんだよ。」

たぶんココだったはずなんですが。

これを読んで、のどに引っかかってた魚の骨が取れたみたいに、なんだかやたらとスッキリした気分になりました。目からうろこが落ちまくりです。
うまくネイティブっぽく発音できないのは、日本語にあって英語にない概念を理解できてなかったからなんですね。

「っ」の方は、発音される音がそれほど変るわけではないので実際にはあんまり問題ないんですが(でも理解してるかしてないかでなにか違う気もしますが)「ー」の方はかなり重要な気がします。
特に日本人が苦手な「r」の発音をするとき、特に「r」が最後に付くとき、カタカナで書くと「ブラウザー」となることが多いので、つい「r」の存在を忘れてしまいがちなんですが、上でも書いたとおり英語の発音的には「ブラウズr」と最後に「r」を発音することが重要なのです。

そういえばギークな人たちが「ブラウザ」とか「コンパイラ」とか「アーカイバ」とか書くのはこれとなにか関係あるんでしょうか。
あと「Flickr」以来、ウェブサービスの多くが最後の「r」の部分をわざと綴り間違いしてるのはこれとなにか関係あるんでしょうか?このほうが「r」の存在が際立ちますよね。

2007/12/23

トラウマ

いつものごとくうろ覚えなのですが、たしか村上龍さんがこんなことをおっしゃってました。

「最近トラウマという言葉が簡単に使われすぎる。トラウマというのはもっと深くて暗いところにあるもので、気安く使われるべき言葉ではない。」

なるほどなーと思いました。たしかにそんな気がしました。「オレこのまえのテストでヤマかけたとこが全然でなくてさー。トラウマになってんだよね。」みたいな話を聞いたことがあるようなないような。

トラウマについて調べてみるとこんなのがありました。

 自然災害や事故はこうした日常の連続性を遮断し、人が生きるための大切な基盤である安全間にヒビを入れます。こうした体験をトラウマといいます。事故や災害だけが人の心を危険に曝すわけではありません。
 むしろ他人からの攻撃や暴力の方が人の心に破壊的に働くでしょう。その典型は戦争で、事実、戦争は大勢の人々の心を破壊してきました。でも戦争の場合には、自分と同じような被害を受けている多数の犠牲者がいます。

なるほど、これがトラウマなら簡単に使えそうにありません。ここまでの経験をしている人はそういるものではありません。

最近知り合ったひとが自分の生い立ちについて語ってくれたことがあって、その人はぼくなんかくらべものにならないくらい辛い経験をたくさんしてきていて、そんな辛い経験がその人のものの考え方や精神状態に大きく影響していることがわかって、おそらくそんな精神状態だからこそ起こったであろう普通じゃない出来事なんかもあって、いろいろと考えさせられました。

ぼくとしては、その人が体験した辛い出来事はトラウマとしてその人の心に傷を残すのに十分だと思われました。でもその人は、トラウマという言葉はまったく使いませんでした。とても聡明なひとなのでトラウマという言葉を知らなかったということはなかったと思います。そのかわりにコンプレックスという言葉をたまに使いました。
トラウマという言葉が、自分では修復不可能などうしようない傷という印象であるのに比べ、コンプレックスという言葉は、それを悪しきものと捉えて、なんとか克服してやろうとしている印象があります。

本当にこころにトラウマを抱えている人は、それをトラウマとは思わないものなんじゃないか。トラウマってそういうものなんじゃないか。そんな気がしました。
いや。そうだといいな、という気がしました。

2007/12/17

The United States is made

今日アクセス解析を眺めていたら、変ったところからのアクセスを見つけました。アメリカはマサチューセッツからのアクセスで、わざわざこのサイトを英語に翻訳して読んでくれていたみたいです。奇特な人もいるものです。

僕の何に興味を持ったのか興味があったので、よぉく見てみたら気になる記事タイトルがありました。でも、自分で書いた記事のはずなのにまったく身に覚えがありません。みごとに翻訳されたのがこちら。

いや、困った。ほんとに身に覚えがない。なんてミステリアスなタイトルなんでしょう。記事の中にも「ざる」とか「ろ」とか「る」とかが突然あらわれて、さらにミステリアスです。

しばらくしてようやくわかりました。翻訳まえの記事はこちら。

なぁんだ。永井オーストラリアとかと同じですね。

2007/12/14

INFOBAR 2

ちょっと話題に乗りおくれ気味かもしれませんが、たまたま通りかかった携帯電話売り場に置いてあるのをみつけたので手にとってみましたよ INFOBAR 2

まず感じたのは、iPod touch を手に取ったときに感じたのと同じ「重さと重心のバランスの良さ」です。自然の石かなにかを持ったときの感覚に似ているんじゃないかと思います。要するに人間がつくったものを持っている感じじゃありません。計算深く処理されたエッジが手にしっとりと馴染みます。

持った瞬間になんともいえない高級感を感じて、でもその高級感は持ってみなくちゃわからなくて、これをもっている姿を見ているだけの周りの人たちに対して優越感を感じたり、オレこんなの持ってんだよー、と持たせてみたくなります。

4つのカラーバリエーションがありますが、キートップがカラフルに塗り分けられた NISHIKIGOI と WARM GRAY よりも単色でソリッドな感じの SILVER  GREEN の方が「BAR」というコンセプトがより反映されていていいように思いました。

特に GREEN は吉岡徳仁氏がデザインした「MEDIA SKIN 」のオレンジに似た感触の手触りで、プラスチッキーなんだけどどこか温かみがあって、でも色はいかにも人工的などぎつい緑色で、それなのに自然の石を持ったときのような高級感のある重みがあって、いくつもの裏腹な印象がからみあっていいかんじです。

2007/12/12

さかさま

Shadowstreet
Shadowstreet (via Erathic invad3r)


あたりまえにみていたものを

ふと別の角度から見てみると

とても不思議なものに見えたり

思いがけないことに気づいたり

これまでの理解が間違いだったんじゃないか

なんて思えたりしておもしろい

2007/12/11

悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。

今日、札幌へ出張へ行く電車の中で、五木寛之さんの「人間の関係」という本を読みました。たくさんいいことが書いてあったのですが、なかでも一番最初の「欝から抜け出すための3冊ののノート」という文章がとてもよかったのでご紹介します。

五木さんはこれまでの人生の中で鬱々とした気分から抜けられない時期が3度あったそうです。鬱といっても、いわゆる鬱病ではなくて、ただなんとなく気分が晴れないという状態だったそうです。そのたびに、日々の出来事を簡単に1行で綴ることが、鬱から抜け出すために役立ったそうです。

40台後半に訪れた最初の鬱のときは「~でうれしかった」で締めくくる「歓びノート」。60台のときは「~でかなしかった」で締めくくる「悲しみノート」。そして70台のときは「~でありがたかった」で締めくくる「あんがとノート」。

そして気づいたのがこういうことだったそうです。

人間は四つの段階をへて変っていきます。子供から少年時代にかけては、「おどろく」ことで成長します。
やがて「よろこぶ」時代をすごす。そして、ある時期から「かなしむ」ことの大切さに気づくようになってくる。しめくくりは「ありがとう」という世界ではないか。

この記事のタイトルは最近リリースされた槇原敬之さんのアルバムタイトルからイタダキました。ぼくもこの1年くらいで「悲しみ」の意味や大切さのようなことがわかったような気がしています。

人間の関係
人間の関係
  • 発売元: ポプラ社
  • 価格: ¥ 1,155
  • 著者: 五木寛之
  • 発売日: 2007/11
  • 売上ランキング: 316
  • おすすめ度 4.0
悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。
悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。
  • アーチスト: 槇原敬之
  • 価格: ¥ 3,150
  • 売上ランキング: 75
  • おすすめ度 4.5

2007/12/08

F が来るのを待ってる

これが面白くてしょうがない。

この中に出てくるですね、Fがですね、とにかくですね、魅力的でしょうがない!!!(←!みっつ)

詳しくはちゃんと読んでもらいたいのですが、要約するとだいたいこんな感じ。

ネズミにA→B→C→Dという行動を何度もさせると、寝ているあいだにも脳の中でA→B→C→Dが繰り返される。でもこれは浅い眠りのときで、深い眠りに入るとこれが圧縮されてABCD!みたいなことになったり、ACDBになったりABCF(!)になったりする。のだそうです。

で、これを書いている時点ではこの連載は終わっていないので、このあとFがどうなっていくのか、というかこのあとFに関してなにが語られるのかわからなくてワクワクするのですが、その結果をみる前にココへ書いてこの話を知らないひとに教えたくてしょうがないくらいワクワクしてます。

ひとが覚えている夢というのは、起きる間際の浅い眠りのときにみた夢だ、というのを聞いたことあります。ということは僕が覚えているあの支離滅裂な突然場面がかわったりする夢は、脳的には比較的理路整然であって、だとすると深い眠りのときはいったいどうなっちゃってるのか心配なくらいです。

ということはつまりあれかな? 脳は寝てるあいだに脳内にある無数の情報を順列組み合わせ的にああ並べたりこう並べたりってことを延々と繰り返してるんでしょうか? ということは脳はいつ休んでるんでしょうか。また心配になってきた。

2007/12/06

2時50分

車のハンドルを握る位置をあらわすときに「2時50分の位置」という言い方があります。真上から左右に30度ずつ降りてきた位置ということです。

でも、これを正確にあらわすとしたら「1時50分の位置」のほうがより近いですよね。2時50分のとき、短針はもうほとんど3の位置に移動してますもんね。あるいは「時計の文字盤の2と10の位置」なんて言い方もできるかもしれません。

でも。それでも。

「2時50分の位置」のほうがなぜだかわかりやすいですよね。いや、わかりやすいというよりも表現として鮮やかですよね。よく考えるとちょっと間違ってるみたいだけど言いたいことはちゃんとわかるし、ビジュアルで、説明的過ぎてなくて、ちょっとだけひねりが効いてて、はい、なるほど、うん。って感じ。

で、世の中にはけっこうそういうことってあるんですよね。