「売れるマンション」と「良いマンション」は、ちがう
Nao’s moblog page from Hokkaido: 社会に潜むもので知って、耐震強度の偽装問題は偶発的事件か、業界の構造問題か?(1)を読んでみました。
この文章の中でもっとも重要なセンテンスは、このエントリーのタイトルにも使った“「売れるマンション」と「良いマンション」は、ちがう”だと思います。マンションの建設にかかわる業界の人間達は「売れるマンション」が「良いマンション」だと信じて日々働いています。逆にいえば、そう信じていなければ働いていられません。
もちろん「良いマンション」が、ちゃんと売れている場合だってありますが、今回の件で、必ずしも「良いマンション」=「売れるマンション」でないことが明らかになってしまいました。なにが「良いマンション」で、なにが「売れるマンション」なのかは、原文を読んでいただければわかります。
消費者に責任転嫁をしているようにきこえるかもしれませんが、良いものを見極める見識眼や、良いものを見極めるために、じっくりと腰を据えてものごとを考える余裕などが、決定的に消費者から欠けてしまっているのかもしれません。
もちろんこの件だけを捉えれば、消費者がコンクリートの柱の中の鉄筋の数を知る術はないのですが、そのようなマンションが売れる土壌を作り上げてきたのは、間違いなく私も含めた消費者達なのです。
何が売れるのか、を決定付ける最終的な鍵を握っているのは、当然ながら消費者なのです。
マーケティングという言葉がもてはやされるようになってから、何かが狂ってきたような気がします。
以前に経済中心主義の終焉で書いたように、そろそろ方向転換をするべきときなんじゃないでしょうか。もう既にちょっと遅いのかもしれませんが。
[Society]
この文章の中でもっとも重要なセンテンスは、このエントリーのタイトルにも使った“「売れるマンション」と「良いマンション」は、ちがう”だと思います。マンションの建設にかかわる業界の人間達は「売れるマンション」が「良いマンション」だと信じて日々働いています。逆にいえば、そう信じていなければ働いていられません。
もちろん「良いマンション」が、ちゃんと売れている場合だってありますが、今回の件で、必ずしも「良いマンション」=「売れるマンション」でないことが明らかになってしまいました。なにが「良いマンション」で、なにが「売れるマンション」なのかは、原文を読んでいただければわかります。
消費者に責任転嫁をしているようにきこえるかもしれませんが、良いものを見極める見識眼や、良いものを見極めるために、じっくりと腰を据えてものごとを考える余裕などが、決定的に消費者から欠けてしまっているのかもしれません。
もちろんこの件だけを捉えれば、消費者がコンクリートの柱の中の鉄筋の数を知る術はないのですが、そのようなマンションが売れる土壌を作り上げてきたのは、間違いなく私も含めた消費者達なのです。
何が売れるのか、を決定付ける最終的な鍵を握っているのは、当然ながら消費者なのです。
マーケティングという言葉がもてはやされるようになってから、何かが狂ってきたような気がします。
以前に経済中心主義の終焉で書いたように、そろそろ方向転換をするべきときなんじゃないでしょうか。もう既にちょっと遅いのかもしれませんが。
[Society]
There are 5 Comments
マンションに限った話ではないですね。「良い商品」と「売れる商品」は違う、というのは、商品全般にいえます。困ったものです。
そうかもしれませんね。
ただ、マンションや住宅が他の商品と決定的に違うのは、ひとが一生のうちに一度購入できるかできないかという大きな買い物だってことです。
失敗はできませんよね。
確かに高い買い物ですね。でも家は3軒建てなきゃ良いものはできないとも言われますよね。私も自宅を建設するときに、整備性や柔軟性をかなり考慮しましたが、それでもまだ「こうしておけば良かった」というところはあります。難しいところです。
納得のいく住宅を建てるのに重要なのは、まず自分と家族が住宅に求めることをしっかりと見極めること。そして、それを実現するのにぴったりな建築家を見つけることです。自分に一番ぴったり合うのがハウスメーカーだと思うのならそれでも良いでしょう。
そして、設計期間をたっぷりととることです。
いろいろと勉強しなければならないし、なかなか大変ですが、これらの作業を飛ばしてしまっては良い住宅は建ちません。
そうですね。自分で細かく指示を出したところは満足できたのですが、トイレに棚を付けるなと指示をしなかったばっかりに手の届かないところに棚を付けられてしまいました。そんなものあっても使えません。埃がたまるだけです。
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